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2015年01月25日

柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品

 奈良の東大寺と興福寺の間に、依水園という日本庭園があります。
 奈良の裁判所も近くにあるので、私はその付近に100回とは行かずとも50回は優に越えて行っている筈ですが、ここにそのような大きな庭園があるとはまったく知りませんでした。
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品

 中は回遊式となっており、池あり、水車小屋あり、茶室のような柳生堂ほかがあり、東大寺の南大門や春日山を望むことができます。
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品

 入った所に、若草山、御蓋山、高円山の三山を遠望できるところから三秀亭という茅葺の建物があり、そこで食事を取れるようになっています。
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品

 依水園の中に寧楽美術館という美術館がありますが、今ここに柳澤吉保没後300年記念ということで「柳澤家伝来の名品」が展示されています。
a柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
b柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品

 そして24日の土曜日に、柳澤家の現当主である柳澤保徳さんの「近世大名 柳澤家伝来の品々をめぐって」と題する講演がありました。
Y柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品

 柳澤さんは、私が総代と責任役員をしている法華寺の筆頭の責任役員と総代であり、普段から親しくお付き合いさせて頂いています。
 柳澤先生は元々物性物理学という科学者で、奈良県立大学退職後現在は帝塚山学園の学園長をされています。
 そのように畑違いといっては失礼かも知れませんが、科学とはまったく異なる分野である歴史について、講演では展示物の詳しい説明や由来をお話しして頂けました。
 講演後の質問でも、東京から来られた六義園(江戸の柳澤家下屋敷跡)でガイドをされている方のマニアックな質問に対しても回答されており、名家の当主というのは本当に大変だと感じました。

 次の写真は、柳澤吉里が将軍綱吉から拝領した金製の馬具ですが、これはこれだけを拝領したのではなく、馬を拝領し、その馬と一緒についてきた物です。
柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
 
 次の絵が柳澤吉保公です。
 柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品

 柳澤氏は甲斐武田家の出と言われており、信玄公の絵もあります。
 柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
 そして吉保の嫡子吉里の筆になる「武田二十四将図」というものがあり、真ん中一番上が信玄公、下左から二人目に山本勘助も見えます。
 柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品

 将軍綱吉の作になる「鍾馗図」もあり、また代々当主の筆になる絵もあり、当時の武将は文字や絵画などについての豊かな文化的素養を持ち合わせていたことがよく分かります。
 柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
 柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
 柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品

 一番驚いたのは、吉保の嫡子吉里が生れた際に、将軍綱吉から拝領した産着があることでした。
 柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
 柳澤吉保没後300年記念 柳澤家伝来の名品
 このような布製のものが何百年を隔てて見ることができるのは凄いことです。

 5時半位に依水園を出て近鉄奈良に向かいましたが、今時分から結構沢山の人が向かってきています。
 今日は春日山の山焼きの日でした。
 県庁前まで来ると、屋台もいっぱい出ており、放送で6時15分に花火が上がり、30分に点火するとのことでした。
 見たことがないので、「見ようかなあ」とも思いましたが、大分時間があるのと、帰りが混むので諦めました。


Posted by 弁護士 島村 和行  at 23:22 │Comments(0)

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